小噺

虚構を少々

2017/06/17 晴れ

首筋が痛い。タオルハンカチを乗せる。長蛇の列に加わって3時間が経過、ブラックボックス展の為に黒い人間が大量に集まっている。目の前に入口が見えるこの瞬間を、炎天下の中3000人以上の人間が待ち侘びていた。

 

バウンサーに対面して、サングラスの向こうを見てやろうと視線を交わす。が、あっさりと通されて思わず少し笑ってしまった。同じく後続の男性が「よかった」と呟いて私の隣に続く。緊張と高揚で震える指を抑えつけ、同意書に著名して、そのまま「展示室は2Fです」という、愛想のない受付嬢の言葉に従う。布が2枚垂れ下がっていて、それを潜ると、展示室の筈だった。

 

あらゆる噂が流れていたが、結果として役に立ったのは自分の予測と、自分の身体と、恐怖心、それから醜い心だった。

 

暗闇しか知覚出来ない。恐怖を感じて、しかし、私はこれが楽しむべき恐怖であることを本能で理解したので、ゾンビのように両手をさ迷わせながら歩いた。息が震える。自分に触れる何か、誰か、物音に敏感に反応する。女性が苦しそうに泣いている声が聞こえた。足音がひたと止んで、声が止むまで、辺りは静まり返る。自分が矮小で下らない小さな人間だったことを自覚する。壁が叩かれる。床が音を立てて踏まれる。小さな笑い声も聞こえる。生物がいる。本物だ。その凄まじい恐怖が、目を閉じることを許さない。これは事実だ。

 

しかしそれも5分、10分と続かなかっただろう。入口から新たに人が入ってくる、その時少しだけ生じる光で、周りを僅かに知覚することが出来た。その瞬間、「邪魔をするな」と目を閉じてしまった、それがこの展示会における私の敗北だったに違いない。もうその時点で手遅れだったので、私は諦めて、同じように恐怖する矮小な人間を脅かす方になった。展示物となったのだ。

 

説明すると以上になるが、私はその瞬間から、被害者から一転、加害者となった。それも、大きな恐怖を作り上げる、団体の一端となったのだ。間違いなく、これは思考実験でありその展示会に興味を持った時点で、大きな敗北だった。そして今私は展示会の一部であり、誰よりも敗者に近く、加害者だ。展示会を見ることが出来た人間は最後にはがきサイズの紙を一枚手に入れる。それが、お前も加害者となれ、と、欲望に呼びかけてきたのだった。

 

私は一つも嘘を言っていない。嘘をついても良いと言われはしたが、あれは本物を伝えた方が、嘘臭くなって、面白いと感じるのだ。もっと詳しいネタばらしは他の加害者がやってくれるだろう。私はそれを楽しみにして、今日を忘れないことにする。

世界はブラックボックスだ。

インターネットの意思で動かされているんだ。

世界は君だ。

会場に入る前までの私はもういない。

成程、そういう意味だったのか。全てに納得した頃、私は「してやられた!」と口の中で呟いて、にやりと、笑うしかなかった。

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