小噺

虚構を少々

2017/03/28 晴れ のち 曇り ときどき 雨

気温が低い。毎朝「寒いよ」と言葉にしている。暖かくならない。

 

夢を二つ。二つとも覚えている。誤解を解けず有害な細菌によって世界が崩壊してしまったのと、歌を歌ったのと。舞台も始まりも同じだった。

 

バスの中で鳴る電話の音が。煙草の煙が。マスクを経ずに10、15と繰り返されるくしゃみが。ストレスは外からやってくる。自分ではないものがストレスになる。良くも悪くも。ストレスを得ながら、放出しながら過ごしている。負のストレスに感じない自分以外はとても貴重だ。それを、毎朝送り出す。毎日家に帰ると待っている。

 

仕事をしながら、何か、必ず書こうと思っていたのに忘れた。気圧の変化で頭痛が酷いことだったかな。なんだっけ。気持ちのやり場があるというのは良い、という事だったような。日記を書くことを決めたのはほんの数日前だった。大事な友人の進言だ。ただ、それはきっかけで、ずっとそうしたかったのかもしれない。ただ書くだけのことが好きなのかもしれない。

 

多分近頃居心地が良くない。今日もあんまり。仕事の仲間の気持ちが読めない。浮き沈みを理解出来ない。それに乗せられて自分まで揺れている気がする。「○○さんと仲が良いですね」と言われる。「そうかな、普通だよ」。そう思う。

 

なにか、物語に関することを書き残しておきたかった。確か、事後情報を出してから、確定情報を提示して、「伏線」とする手段。これは心に閉まっておきたい。大切だと思う。つまり、慌てないこと。頭の中ではいつも何か考えている。みんな同じように、ずっと考えているのだと思っていた。恐らくそういうわけではないのだ。慌てないこと。焦らないこと。思っているより大切だと思う。そっとで良い。ずっと。私が生きていく上で利用できる時間は多すぎる。

 

家に帰ると癒されるのが常。今日も。仕事でどっと疲れたので頭も心も休めたかった。風邪のせいで、気圧のせいで、鼻詰まりのせいで頭が痛い。酸欠もあるのではないかと彼女が。違わない。この人は、私よりも私をわかっていることが多い。今日は泣いていない。とても明るく振舞っている。甘やかすと目が輝く。「星を飼っているの?」と聞いてしまって、あ、と思った。私は昨日のことをしっかりと覚えている。文字にすることは素晴らしいことのようだ。「うん」。

 

ゆず茶を作って飲んだ。これは相棒との思い出の飲み物のような気がしている。勝手に。風邪を引いて熱を出した日に、相棒は、遥々私の家まで来て、ポストにゆず茶を入れて帰っていった。あの頃は泣くような人間ではなかった。久しぶりのゆず茶は何だか懐かしかったし、遠い海を思ってしまって寂しい気持ちもした。

 

額に彼女の手があてられると、すぐに、頭痛は引いていった。