小噺

虚構を少々

2017/05/02 晴れ

健康診断をする部屋はどこだっけ。施設には毎日のようにくるのだが、違う棟になると、突然に分からなくなる。すれ違う人たちはみんな忙しそうだし、スーツを着ている。もう、いつもスーツを着ているのも当たり前になってしまった。こんな社会では無理もない。A-5、この部屋だ。ノブを回して慎重に入ろうとする……と、名前を呼ばれる。「はい?」

 

「君、さっきは危なかったですよ。次、同じことがあったら」

「はあ……すみません」

 

威圧的な口調だ。近頃の周囲の人たちはいつもこうだ。自分が自分の命の保証を出来る、というだけで、あらゆる権利が与えられているようなものなのである。サングラスの向こう側に全て隠して、長身が私のことを見下ろしてくる。心を握り潰されるような気持ちだ。知らぬふりをして、会釈をする。

 

扉を開けると、拳銃を構えた列が3つあった。またこれか。彼らの視線の先には簡易的な的がある。もちろん皆一様にスーツ。「すみません、通ります」大声で、前を横切る。自分が撃たれても文句は言えないから、せめて存在を主張する。誰も逆らえないのだ。

 

診断申請書には、まず、名前と、住所の欄がある。私は懐からボールペンを取り出す。緊張して名前を何度も書き損じた。転居はしていなかったので、住所の欄は未記入で進む。命に保証を持ってもらえない社会は大変だ。健康診断を受けるだけでも、「命の保証は致しかねます。ご了承ください」のチェックボックスにレの字を入れなければいけない。

 

それから、直近で食った飯を2日分記入する。オムライスと、唐揚げではなくて……ハンバーグと、半ラーメン、とんこつだ。それから一昨日は寿司。なんだか文字がラーメンの麺に見えてきた。こんなぐにゃぐにゃで、書類として意味があるのか? 醤油のつゆに浮かぶ麺を啜る。左隣のデスクで、女の子たちが楽しそうに記入している。私は1人で、無茶苦茶な気持ちになる。

 

もう一度記入し直して、漸く、一番右の質問欄に到達する。早く書き終えてしまいたい。

 

「昨日、一昨日に果たして意味があったのでしょうか。」

 

ばかばかしい! 私は声を出して言ったし、笑った。拳銃を構えた人達が驚いて発砲した。意味がなかったらなんだというのだ! 意味を求めないのは貴方達じゃないか。人の命をなんだと思っているんだ。私達はせめて殺されないように、実力者に媚を売るしかないんだ。そうやって生きることに意味が? あるわけない。

私はボールペンを持ち直して、3倍くらいの大きさの字で書く。

 

「人と関わることの大切さを確認しました。また、……」