小噺

虚構を少々

2017/06/03 晴れ

「夏だ。暑さの匂いがする。早朝の日陰にだけある清涼な風が、熱くなる予感をさせている。空が広く大きくて、それが真っ青に広がっている。大きく積み上げられた分厚い入道雲が見える。いい匂いがする。いい色をしている。恋しい。夏を信じていた。暑さが嫌いだった僕は死んでいた」

「引越して一週間経過。ものが入ったままのダンボールが5つくらい台所に置いてある。先住者の残した煙草の臭いを消すために、6日前に無印良品で買ったシトラスは、香りは清涼なのに、いつも生温い。7:30。全ての感情を諦めて家を出る」

「とてもではないが、こんな気持ちでは良いことというのは起こらない。良いことというのは起こらないのではなくて気付けないからそこに存在しないように見えるだけなのだ、そう理解はしているのだけれども、やっぱり今日は何もなかった。何をしていても、思い出しても、眉間に皺は寄るし左下を向きたくなる。おまけに鞄には財布が見当たらない。Suicaでご飯を食べながら、腹が立つことを思い出す。やっぱり腹が立つと思う。いつまでたっても」

 

「面と向かって物申されても傷は負うが、結局どこでだって誰かに何かを言われたらそのうち大きな傷になる。『言葉は猛獣。解き放ったら戻ってこない』」

 

「肺の下の方と腹の中央と喉の奥に熱の塊を抱えている。身体が痛いので何も摂取したくないと感じる。誰にも悪気がないのに、勝手に僕の唇の皮は剥けていく。みんな並列に毒を持っていることを僕は知らずにいた。どんなに近くても、血が流れていても、理解はし合えない。口が裂けていく。恐ろしい。 違う人間であることが」

 

「仕事が終わる。険悪な空気が途端に立ち上り始める。口調と共に運転が荒くなる、気が気ではない。僕はまだ、一員でも何でもないから、怒りが湧いてこないのかもしれない。それは少しほっとするし、僕が蚊帳の外であることを嫌でも感じる。僕は僕がどうしたいのかがわからないので、困惑しながら、車酔いをやり過ごす」

 

幸せを残すことはとても難しい。嘘臭くなる。謎か、虚構か、さみしさだけが、僕達が本当の意味で残すことが出来るものの種類だと思う。